Zeran vs. AOL事件
三木・吉田法律特許事務所 井口 加奈子
(株) 内田洋行 北山 尚美
<<事件の概要>>
インターネットの掲示板に何者かが原告の名前を騙ってメッセージをアップロードし
たため、原告はその社会的名誉を傷つけられるに至った。そこで、原告は、インタラ
クティブ・コンピュータ・サービス・プロバイダーの責任を追及する訴訟を提起し
た。裁判では、主として、プロバイダーの免責を定めた米国通信品位法230条の適
用を巡って争われた。
判決日 | 1997年11月12日 |
裁判所 | 第4巡回区連邦控訴裁判所No.97-1523 |
当事者 | 原告(控訴人) Kenneth M. Zeran 被告(被控訴人)America Online, Inc. |
関連法令 | The Communications Decency Act of 1996 47U.S.C.§230 |
キーワード |
- インタラクティブ・コンピュータ・サービス・プロバイダー
- 名誉毀損
- 発行者と頒布者
|
目 次
- 事実関係
- 判決
- 争点
- 判断
- コメント
- YWGでの検討要旨
- 事実関係
1995年4月25日、何者かが被告(被控訴人) America Online, Inc.(以下「AOL」と
いう)の掲示板に、ビル爆破に関するスルーガンをつけたシャツを原告(控訴人)
Kenneth M. Zeran (以下「Zeran」という)の自宅番号の「Ken」が販売窓口となっ
て販売するとのメッセージをアップロードした。その結果、Zeranに罵倒、脅迫と
いった内容の電話が殺到、ZeranがAOLに窮状を訴えたところ、社員は、掲示板からの
除去は請合ったが、AOLの方針として撤回文の掲示は行わないと説明した。翌26日以
降もAOLの掲示板に内容をエスカレートさせた広告のアップロードは続き、Zeranは大
量の脅迫電話、罵倒の電話を受けたため、繰り返しAOLに連絡し、AOLはメッセージの
アップロードを行っている個人のアカウントを閉鎖すると答えた。ZeranはFBIに届け
出たりもしたが、KRXOラジオでAOLの掲示板にアップロードされたメッセージの内容
が放送され、Zeranの被害は拡大した。
Zeranは、AOLに対し、第三者によって掲示板にアップロードされた名誉毀損的メッ
セージの除去を不当に遅延し、同メッセージの撤回文の掲示を拒否し、その後同様の
メッセージの選別を怠ったと主張して訴えを提起したところ、AOLは、積極的抗弁と
して47U.S.C.230条(The Communication Decency Act、以下「CDA」という。)を挙げ、
訴答に基づく判決を求める申立てをした。
バージニア東部地区地裁判決(1997年3月21日)
争点)
- CDAがインタラクティブ・コンピュータ・サービス・プロバイダーが不注意によって
名誉毀損的発言を広めてしまったことに対する過失責任まで免除するものか。
- CDAは、訴訟原因たる事実がその制定前に発生していた場合に適用されるのか。
判断)
争点(1)については、Zeranの「過失」という訴因は、CDAの明文及び目的の両方と
矛盾するとし、争点(2)については、本件は、CDAが制定されてから提起された訴訟で
あるからその適用も認められるとして、AOLの主張が認められた。
そこで、Zeranが控訴した。
最高裁判決(1998年6月22日)
第4巡回区控訴裁判所の判決に対するZeranの上告を棄却。
- 判決
原審の判断を維持
- 争点
- 230条の免責範囲
Zeranは、AOLは頒布者であって、掲示板にアップロードされた名誉毀損的メッ
セージについて十分な通知を受けているから認識の要件を充たす。そして、230条は
発行者の責任のみを免除する趣旨であって頒布者の責任には言及していないから、
AOLは頒布者としての責任を免れないと主張する。
- 230条の遡及的効力(時的限界)
Zeranは、230条は、同法制定以前のAOLの行為から生じた訴訟を遡及的に妨げるよ
うな適用はできないと主張する。
- 判断
- 230条による免責の目的
- インタラクティブ・コンピュータ・サービスは、膨大な情報の流通を可能とし国民の言
論の自由に貢献するものであるが、プロバイダーに不法行為責任という制裁の下に大
量のメッセージの選別の責任を課すとすれば、プロバイダーは自ずと情報を制限する
こととなり、言論の自由に対する萎縮的効果は計り知れない。
- 名誉毀損請求の要件として、頒布者(distributor)に責任追及するためには認識
(悪意又は有過失)の要件が必要とされるが、発行者(publisher)には主観的態様
如何を問わず責任が課されている。そこで、プロバイダーが自主的に有害メッセージ
の選別、編集を行っている場合には、却って発行者としての責任を追及される可能性
を残し、プロバイダーの自主規制の意欲をそぐ結果となる。
したがって、インターネットおよびインタラクティブ・コンピュータ・サービスにおいて言
論の自由を最大限保障し、他方で、プロバイダーによる自主規制を促進するために
は、プロバイダーの責任を免除する必要がある。
- 争点1について
- 名誉毀損請求における発行者概念
まず、名誉毀損でいうpublisher及びdistributorは名誉毀損の文脈から定義付けられ
るべきである。名誉毀損の本質的要素は「公表」であり、公表への参加者はいずれも
発行者としての責任を負う。ただ、その公表への参加の態様によって責任基準が異な
るだけである。Oakmont事件やCubby事件で発行者と頒布者を区別しているとしても、
それは責任基準の違いを明らかにするだけであって、頒布者が発行者に含まれないと
は言っていない。
- 頒布者の責任
他方で、230条の立法趣旨からも、同条が頒布者を除外するものではないといえる。
すなわち、仮に230条が頒布者を含まないとした場合、プロバイダーは頒布者として
名誉毀損請求を受けうることになるが、そのための要件として「認識」の要件が係っ
てくることになる。それは、名誉毀損的メッセージの通知を受ける度に、プロバイ
ダーに名誉毀損に該るか否かの法的判断、編集的判断を強いることとなるが、プロバ
イダーには実行不能なので、いきおいプロバイダーに通知があり次第削除の方向に向
かわせることになる。とすれば、やはり言論の自由に対する萎縮的効果を生み出すと
言わざるをえない。のみならず、プロバイダーが自己のサービス上のメッセージを調
査、選別する努力をすればするほど「認識」の可能性が高まり、名誉毀損の責任を負
わされる危険が増すのであるから、プロバイダーとしては自己規制を差し控えること
になる。よって、頒布者の責任をプロバイダーに課すことは、同条の趣旨に真っ向か
ら反するものである。
- コモン・ローとの関係
明らかな制定法の目的を挫く場合には、コモン・ローの原則は制約される。本件で
は、コモン・ローに基づく免責条項の限定的解釈が230条の立法目的を挫くことは明
らかであるから、コモン・ロー上の訴訟原因を無効にする。
- まとめ
- そうだとすると、230条は、AOLのようなインタラクティブ・コンピュータ・サービス・プ
ロバイダーの第三者が発する情報に対する責任を明白に免除しているというべきである。
- 争点2について
遡及問題は、法律制定前の「行為」に対して適用があるか否かの問題であって、
230条は、プロバイダーの「行為」ではなく訴訟提起に関するものであるから、遡及
問題とは無関係である。
また、連邦議会は、230条がCDA制定後提起されたZeranのような訴えに適用すべし
とする意図を、明瞭に表明した。
したがって、遡及効に関するZeranの主張は認められない。
- コメント
- 230条の立法趣旨からすれば、本判決の結論は妥当といえる。しかし、Zeranの主
張するOakmont事件やCubby事件での判断との整合性を保つために、かなり技巧的
な判断をしていないか。
本判決は、名誉毀損請求において、発行者を頒布者の上位概念と位置付けるが、
そうすると、発行者として本来重大な無過失責任(厳格責任)を負うのが原則であっ
て、例外的に公表への参加形態によって責任を緩和し、頒布者は、悪意・過失ある場
合にのみ責任を負うということになる。しかし、過失責任の原則(何人も自己に過失
なくして責任を問われるべきでないとする原則)からすれば、悪意・過失ある場合が
原則となるはずであり、原則と例外が逆になっている。
- [注1]に書かれているが、AOLがユーザの適切な記録を維持しなかったために、
原当事者(発行者)を確認することが不可能となり、Zeranが名誉毀損で訴えること
ができなくなったことが真実とすれば、AOLにはプロバイダーとしての最小限度のマ
ナー(または誠意)がないような気がする。CDA230条で免責されているのなら、せめ
てプロバイダーにはユーザの情報を提供する義務はないのか?
- わが国においては、ネットワーク上の名誉毀損発言に関する裁判例として、ニフ
ティ事件(東京地裁平成9年5月26日)がある。この事件は、パソコン通信の主催者
であるニフティに直接名誉毀損に基づく不法行為責任を認めたものではないが、ニフ
ティのフォーラムを運営管理するシスオペの存在を前提として、その地位の特殊性に
鑑みながら、シスオペに一定の条理上の作為義務を肯定して、名誉毀損の元発言者
以外のネットワーク関係者に責任を認めた点では軌を一にするものといえる。そして、
ニフティ事件判決では、作為義務を認定する過程で実質上の利益較量を行い、会員に
十分にフォーラムを利用させる利益と発言によって名誉を毀損される者の利益の調整
という目的を達成しようとしたものと評価できる。もっとも、本判決でいう名誉毀損
発言をシスオペが「具体的に知ったと認められる場合」の解釈如何によっては、自己
規制の矛盾は避けられず、Zeran事件判決が述べたCDA230条の第2の目的は達し得
ないおそれがある。
- YWGでの検討要旨
- コメント1にあるように、Oakmont事件やCubby事件での判断との整合性を保つた
めに、技巧的な判断をしている。 CDA制定以前の判例の多くは紙媒体の発行者、頒
布者の概念に基づくものである。ネットワーク環境におけるプロバイダーは、従来の発
行者、頒布者のどちらとも言い難い性格を持っているのであるから、本件の判断とCDA
制定前の判決との整合性をとるには、無理が生じるのは当然であろう。
- そもそもCDAの立法過程で、発行者と頒布者という区別がつけられていたのかは
疑問である。本件の判断では頒布者は発行者の概念に含まれ、CDAにより発行者が
免責されているのだから頒布者も免責されるのは当然というあっさりとした説明でよ
かったのではないか。
- 本判決の「発行者」の定義は、むしろ従来とは違う意味の「発行者」ということではな
いか。
- 同じ訴訟がCDA制定前に提訴されていたらどのような判断になったのであろうか?
- CDAの目指すように、言論の自由を保証し、プロバイダーの自主規制を促進すると
いうのは、バランスのとれた状態になる可能性もあるが、無法地帯になる危険性もある。
- AOLは問題のアップロードを行なったユーザのアカウントを閉鎖すると言っていたの
だから、その時点で当該ユーザのIdentityを原告もしくは捜査当局に提出することは可
能だったのであろう。米国では著作権侵害についてのプロバイダー責任限定法案が間
もなく制定される見込みであり、その中ではプロバイダーに対する「ログの記録の提出
命令」が入っている。CDAにはこのような義務がないという点においては、人格権侵害
に対するプロバイダーの責任と著作権侵害に対するプロバイダーの責任とはアンバラ
ンスになっている。
以上
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