2.事案の概要
債権者及び債務者は、いずれもコンピューターソフトウェアの開発、販売、保守等を業とする。
本件は、債権者が、債務者が開発・販売するビジネスソフトウェア「ioffice2000
バージョン2.43」及び「同バージョン3.0」(以下、これらを、それぞれ「アイオフィス2.43」「アイオフィス3.0」といい、これらを併せて「債務者ソフト」という。)は、債権者が開発・販売する同種製品「サイボウズoffice2.0」(以下、単に「サイボウズオフィス」あるいは「債権者ソフト」という。)のプログラム及びユーザーインターフェースを複製ないし改変した商品であり、債務者がアイオフィス2.43及び3.0を記録媒体に格納したりする行為は、債権者がサイボウズオフィスに関して有する著作権を侵害する行為にあたるとして、債務者ソフトの頒布等の差止めを求めた仮処分申立事件である。
3.争点
A 債権者ソフトの著作物性について
B 著作権侵害の有無について
4.当事者の主張
(1)争点A(債権者ソフトの著作物性)について
【債権者の主張】
1)債権者ソフト「サイボウズオフィス」及び債務者ソフト「アイオフィス」シリーズは、グループウェアと呼ばれるスケジュール、アドレス帳、施設管理などのアプリケーションの集合体であり、各アプリケーションを構成する画面及び設定画面等がコンピュータ上のディスプレイに表示されるが、仮に客観的表現をしなければならない部分が多くても、素材の取捨選択、配列及び表示方法等に創作性を見出すことができる。
本件のようなソフトウェアの画面の場合には、紙媒体上の情報と異なり、ある表示画面や入力画面ないし設定画面に移動するための機能表示が付加されており、これらの機能を一画面で実現するのか、幾つかの画面で分割するのかだけでも、画面設計に相当の幅が生じる。
以上からすると、本件で問題となっているグループウェアにつき、客観的に表現する部分が多いから、あるいは、個々の画面の表示方法につき比較的限定される場面が多いからという理由だけで、その創作性を否定することは、グループウェアの設計等の実態に基づかない誤った議論というべきである。
2)「サイボウズ・オフィス」の各画面は、多くのグループウェアが同一画面で表示しているものを、あえて一機能に一画面を与えて分割表示する構成をとり、各画面自体及びサイトマップによって階層化された各画面の集合体が、全体として一貫した高度の創作性を持っている。具体的な著作物性を有する各画面が、全体として、一貫したコンセプトに基づき具体的階層構造を持って相互に牽連しているから、各画面の集合体としての債権者ソフトの全画面にも著作物性が存するという、いわば二重の著作物性を主張しているのである。
3)グループウェアにおいては、ワープロや表計算ソフトと異なり、画面表示に多くの表現パターンが存在し、画面の大半が独自にレイアウトされた編集によって構成される。そのレイアウト自体は、表組みやボタン・語句の選択及び配置の問題であり、リンクが配置されたり、さまざまな表現要素の集合体として、債権者ソフトの表示画面は成り立ち、それぞれの画面が相互に牽連して、編集・制作されている。よって、これらの具体的な選択やアイデアが表現された個々の画面表示が創作性を持つに至るのである。
【債務者の主張】
1)本件のようなグループウェアにおける画面表示(いわゆるユーザーインターフェース)においては、ブラウザの種類やバージョンにかかわらず、いかなる環境からでも閲覧できるように標準化して作成する必要があり、これらの物理的制約の中で、ユーザーがいかに効率的・直感的にその機能を利用できるかを工夫しなければならない。したがって、それ自体は、技術に属するアイデアそのもののというべきもので、「表現」と言えるのは、各表示画面の文字・図柄やその具体的な配置・彩色等、ごく限られたものにとどまると解すべきである。
2)債権者は、債権者ソフトつき、一画面ごとのファイルサイズを小さくするなどのコンセプトに基づき、一画面一機能を原則とし、階層化構造を採ったとするが、これらは抽象的な選択方法、配列方法、表示方法に過ぎず、機能的アイデアそのものというべきもので、著作権法による保護の範囲外にある。
また、債権者は、債権者ソフトの個々の画面に創作性があると主張するが、例えば同ソフトのトップページの画面レイアウトをとってみても、アイコン等の配置、語法の選択、画面の配色等全てウェブ画面上で通常に用いられることでもあり、何らの創作性を有するものではない。
5.裁判所の判断
(1)争点A(債権者ソフトの著作物性)について
一般に、本件で問題となっているビジネスソフトウェアにおいても、その各画面の表示に創作性を認め得る場合があること自体は否定されないと考えられる。ただ、各画面の表示のみを問題とする場合には、利用環境や機能を追及するゆえの制約により、限定的な範囲での創作性しか認め得ない場合もあるが、本件においては、単なる各画面表示の創作性のみが問題となっているのではない。当該画面がユーザーの前に表れ出たまさにその順序、画面配列及びリンク機能等の表示に基づいてユーザーの眼前に表れ出てくるのであるから、表現者が意図した選択・配列に基づく相互に牽連性を持った行為として、表現者の個性が表れている限り、そこに創作性を認めることも可能というべきである。そのことは、いわゆる編集著作物に著作物性が認められる場合やある文章が、文章全体として、表現者の個性が表れた配列や構成を保ち、表現者が意図した順序に基づいて表現され、その結果、創作性を認め得る場合があるのと同様である。そこで保護されるのは、表現に関するアイデアそのものではなく、そのようなアイデアに基づいて表現された結果そのものであるから、同様の理に基づき、債権者ソフトの創作性を肯定したとしても、それが、機能的アイデアや抽象的な選択・配列そのものを保護することになるものではない。
以上からすると、債権者が主張するように、債権者ソフトの個々の画面表示に全て創作性が備わっており、そのことを前提に、ソフト全体にも創作性が備わっているとまで言えるかは別にして、少なくとも、表現者の個性が表れた選択・配列方法の下、一定の創作性を認める余地のある態様で個々の表現行為(本件においてはソフトの各画面表示)がなされていれば、全体として一個の著作物性を肯定できる場合があると言うべきである。
本件においても、債権者ソフトは、基本的にアプリケーションのトップ階層から二階層程度までに全ての情報(画面表示)をおさめるとともに、一機能に必ず一画面を与えるとか、誰が行ってもほとんど同じとならざるを得ないとはいえない程度の個性的な選択・配列方法の下、例えば情報の有用性に応じて視覚的な区別をするとか、あるいはアドレス一覧の新規アドレスの入力表示画面において、氏名の表示の次に、住所等ではなく、E?mailアドレスを持ってくるとか、独創的とまではいえないにせよ、誰が行っても同じになるとは言えない程度の個性をもって、具体的な画面表示がなされている。したがって、本件における債権者ソフトにも一定の創作性を認めることができ、同ソフトは著作権法上の保護の対象になるというべきである。
(1) 争点B(著作権侵害の有無)について
1) 債権者ソフトと債務者ソフトの対比・検討
債務者ソフトが債権者ソフトの著作権を侵害しているか否かであるが、その判断にあたっては、?債権者ソフトにおける各画面表示と、それらの画面と同一機能を持つ債務者ソフトの各画面表示をそれぞれ対比して各共通部分を抽出し、?さらに、これら共通部分を有する各画面がどのような順序や位置付けを持って配置され、全体としてどのような構造を持っているか、その点に関する共通性を抽出した上、債権者ソフトにおける各画面の本質的な特徴が債務者ソフトの各画面において感得できるか、また、債権者ソフトの全体における各画面の選択・配置の本質的な特徴が債務者ソフトの全画面の選択・配置において感得できるかを、総合的・全体的に検討すべきと考えられる。
2) 債権者ソフトとアイオフィス2.43の対比
A 各画面表示の対比
一見して異なる画面である印象を与えるものも存在するが、その一方で、その他の多くの画面は、上述したとおり、画面の構成やボタン等の配置がまるでコピーしたかのように共通する部分が少なくないばかりか、相違する部分も、アイコンや語句のわずかな違いがあったり、ほぼ同一と言えるほど類似する画面構成上枢要な部分が画面中央に位置する一方で、えんじ系統色、黄土色、緑色あるいは青色に着色された各ボードが、画面中央部分を挟んで上下に配置されているに過ぎないから、一見して実質的に同一の画面であるとの印象を与えるものが多いということができる。
B 各画面の配列・相互の牽連性等
ソフト全体の画面構成・配列等をふまえつつ、各アプリケーションごとに、階層化構造における各画面の配列・リンク機能等の相互関係を検討すると、アイオフィス2.43は、より詳しい表示機能が付け加わったと評価できる部分が存在するなどの事情は認められるものの、基本的な構造、すなわちソフト全体における各画面の選択・配置は、債権者ソフトとほぼ同一と言える程度に類似するということができる。そのことは、他の複数の同種ソフトと比べてみても、ソフト全体の基本構造や各画面の選択・配置がここまで類似している例は見られないことからも裏付けられると言うべきである。
C 結論
以上を総合すると、アイオフィス2.43においては、債権者ソフトと実質的に同一と言えるほど類似した各画面の配列・牽連性の下、機能的に選択・配置された各画面が、一見すると異なる印象を与える幾つかの各画面表示を含みつつ、全体として類似性を肯定して差し支えない各画面表示をもって表現されているということができる。したがって、このような各画面表示が、このような順序・配列・機能をもってユーザーの眼前に表現された場合、そこからは、債権者ソフトを表現した者の個性が直観・感得されるという言うべきであり、アイオフィス2.43は、債権者ソフトを複製したものとまでは言えないにせよ、同ソフトに表現された表現者の基本的な思想・個性を維持しながら、外面的な形式を若干改変して翻案されたものであると認められる。
そして、債務者が債権者ソフトにアクセスして分析・研究したこと自体は認めていること、債権者からの警告を受けて債務者が商品(ソフト)の仕様を変更した経緯があったこと、アイオフィス2.43をつかさどるHTMLプログラムの中に、不自然な一致部分が存在することなどを併せ考えると、アイオフィス2.43が債権者ソフトに依拠した事実が認められるというべきである。
3)債権者ソフトとアイオフィス3.0の対比
A 各画面表示の対比
週間グループ表示のスケジュール入力画面のように、情報表示欄の数自体が大きく異なっていたり、あるいは、アドレス一覧のトップページのように、債権者ソフトにはない検索用の50音文字盤を備えた入力部分が画面の相当割合を占めて配置されているため、一見して異なる画面である印象を与えるものも存在するだけでなく、ほぼ同一と言えるほど類似する枢要な部分が画面中央に位置する一方で、えんじ系統色、黄土色、緑色あるいは青色の各色に着色されたボードが、画面中央部分を挟んで上下に配置されるなどしていたに過ぎないアイオフィス2.43と異なり、情報表示欄自体を色付きの外枠で大きく囲む、画面中央の主要な情報表示部分の上下に色つきのボーダーラインを配する、おそらくは重要な機能を直感的に把握させるために、黒色の枠の中に赤色のゴシック体文字で「OK」と表示されたボタンや、赤色の背景に白抜きで「×」を配したボタンを多用するなどの相違点が見られる画面も少なくない。
B 画面の配列・相互の牽連性等
ソフト全体の画面構成・配列を踏まえつつ、各アプリケーションごとに、階層化構造における各画面の配列・リンク機能等の相互関係を検討すると、アイオフィス3.0は、前記で検討したアイオフィス2.43同様、付加されたアプリケーションの分だけサイトマップが変容したり、あるいは、より詳しい表示機能が付け加わったと評価できる部分が存在するなどの事情は認められるものの、基本的な構造、すなわち、ソフト全体における各画面の選択・配置は、債権者ソフトと実質的に同一と言える程度に類似するということができる。
C 結論
アイオフィス3.0においては、前述したとおり、情報表示欄自体が色付きの外枠で大きく囲まれているとか、画面中央の主要な情報表示部分の上下に色付きのボーダーラインが配されているとか、おそらくは重要な機能を直観的に把握させるために、黒色の枠の中に赤色のゴシック体文字で「OK」と表示されたボタンや赤色の背景に白抜きで「×」を配したボタンが多用されているとか、一つの画面で表示できることに制約がある中、ユーザーから見て、視覚的に無視し得ない相違点も存する。したがって、本件で問題になっているビジネスソフトウェアが、もともとの機能には似かよったものにならざるを得ない面があり、創作性を認め得る範囲が比較的限定されていることをも併せ考えると、少なくとも、各画面表示及びその牽連性に着目して創作性を論じる限り、これら各画面が、前記のような順序・配列・機能をもってユーザーの眼前に展開された場合、債権者ソフトとの何らかの類似性が感じられることによってはおそらく間違いないにせよ、同ソフトを表現した者の個性が直観・感得されるとまで言うことには躊躇を感じざるを得ない。
そうすると、アイオフィス3.0については、債権者ソフトの著作権を侵害するとは認められないというべきである。
6.結論
(1) 債務者は、アイオフィス2.43をフロッピーディスク、CD?ROM、ハード・ディスク等の記録媒体に格納し、有線ないし無線通信装置等によって送信又は送信可能な状態においてはならない。
(2) 債務者は、アイオフィス2.43を格納したフロッピーディスク、CD?ROM、ハード・ディスク等の記録媒体を頒布してはならない。
(3) 債務者は、アイオフィス2.43の使用許諾をしてはならない。
(4) 債権者のその余の申立てを却下する。
(5) 申立て費用は債権者の負担とする。
7.コメント
本判決は、債務者のバージョンの異なる二つのソフトウェアについて、各画面の配列・相互の牽連性等の点では債権者ソフトと実質的に同一としながらも、それらの各画面表示(ユーザーインターフェース)と債権者ソフトとの同一性についてはそれぞれのソフトウェアについて異なる判断を行い、債権者ソフトの著作権侵害についてそれぞれ反対の結論を導き出している。したがって、実務の観点からは、どの程度の各画面表示の類似をもってビジネスソフトを表現した者の個性が直観・感得されると判断されるのか、という一つの基準を示した点で本判決は評価されるのではないか。
また、本判決は、債権者ソフトの著作物性について、各画面表示の相互の配列・牽連性から編集著作物と同種の保護が働くものとし、前述のとおり、各画面の配列・相互の牽連性等のみが類似し、編集著作物の素材たる各画面表示の同一性が否定される場合は、債権者ソフトの著作権は働かないと判断した。階層化した画面表示の集合体としてのソフトウェアのユーザーインターフェースについても、画面表示の配列等の編集方針については、いかなる高度な独創性がそこに見られるとしても、著作権の保護の対象とみなされないという点については、職業別電話帳等の編集著作物と同様の問題が存在すると感じた。