沖電気工業(株) 後藤
被告Lermaが原告RTCの管理する著作権を有する文書の一部を,自己のコンピュータにダウンロード,スキャンし,および/またはインターネット上に投稿した行為に対し,マージ理論・公正使用・ミスユースの抗弁を否定して著作権侵害を認めた判決
当事者 | ・原告:RELIGIOUS TECHNOLOGY CENTER(RTC) ・被告:ARNALDO PAGLIARINA LERMA |
裁判所 | ヴァージニア州東地区連邦地方裁判所,アレキサンドリア支部 |
判決日 | 1996年10月4日 |
関連法令 (条文) | ・米国著作権法§102(b),§107,§504,§594 ・連邦規則集§202.3(b)(3)(B) |
判 決 | 原告勝訴 被告は原告に対し法定損害賠償額として2,500ドルを支払うこと |
キーワード | マージ理論,公正使用,ミスユース |
【T.事実関係】
- 訴外Church of Scientology(教会)は,現世における否定的霊力の起源を説明して,人の自身の霊的幸福を増進させる技術を唱導する,訴外L.Ron Hobbardを開祖とする宗教団体である。
- Hobbardは,「自由地帯」を設けることによって,太古の支配者の霊力が現世の個人に与えている邪悪な影響を排除しようとするために,詳細なプログラムを記載した「Operating Thetan」(以下OT文書)を著した。このOT文書の開示は,彼自身のガイドラインに従ってのみ実施され,それ以外は秘密且つ安全に保管されるべきことが命じられている。
- 教会は原告に対して,OT文書の安全な保管,権限なき開示を厳しく取り締まる任務を課した。これに対して原告は,施錠された地下保管室,多くの警備員,キー・カード,教会メンバ全員による非公開誓約書を含む広範な保護計画を制定した。
- 被告Lermaは,カリフォルニア州のとある裁判所の裁判記録にあった情報をもとに,原告OT文書を入手し,その一部を自己のコンピュータにダウンロード,スキャンした上で,インターネット上に広く公表した。
- これに対して原告は,被告の行為は著作権侵害であるとして提訴し,略式判決の申し立てを行った。
【U.論点】
- 原告Works(被告にコピーされたとする原告OT文書のうちの抜粋された資料)の記載表現は,アイディアとマージしていることにより,著作権の保護が与えられないか。
-被告の主張:OT文書は,霊的幸福を達成する技術又はプロセスを記述したものであるから,著作権を有しない。
- 被告の行為は公正使用に該当するか。公正使用の認否検討に当たっては,インターネット通信によるという現代的環境を考慮すべきか。
- 原告による本件提訴は,著作権ミスユースに該当するか。
【V.裁判所の判断】
- マージ理論
OT文書においては,アイディアと表現はマージしていない。
- 霊的災いの源泉及び救済は,いかなる方法によってであれ,古来から唱えられている。OT文書に本来的に結びつくものではない。
- ほとんどすべての著作物はアイディアやプロセスをある程度伝えている。そのことだけで,著作権が全くないとはいえない。仮に,その内容が特定の厳格な反復性を要求するものであっても同じである。詩や俳句,交響楽なども反復性を有するが保護されるのと同じである。
- 公正使用
公正使用の検討において,インターネットの使用を考慮しない。
- 連邦議会も裁判所も特別の地位を与えいてない。今までも,技術の進歩を法解釈で対応してきた。本件も同じ。
公正使用か否かは,4つの要因を考慮して総合的に判断する。
- 使用の目的及び性格。商業的性質か,非営利の教育的目的か否かを含む。
- 著作物の性質
- コピーされた部分の分量と実質性
- 潜在的市場又は価値に対する影響
- 使用の目的及び性格
- 被告の行為は,批判,コメント,ニュース報道,学術を構成すると主張した。しかし,被告の行為は公共の利益のためではない。また,研究目的であったとしても,複製の限度を超えている。ハードディスクへのコピーは研究上の便宜以上の目的に役立てられていた。被告の行為は,商業的使用ではないことは事実であるが,非中立的且つ非学術的使用を覆すものではない。
- 著作物の性質 創造性と情報性,公表状態
- 事実の著作物の方が,創造的・文学的著作物よりも,公正使用が認められやすい。原告はその有用性を強調していた。Worksの性質は,創造的であるよりは情報的であると考えられる。
- 公正使用の範囲は,未公表著作物に対しては狭い。Worksは未公表であることが認められる。被告は,Worksが裁判所の記録中にあり,又インターネットで入手できたのであるから,公表されていたと主張するが,公表の有無は,著作権者が履行又は流布することで,黙示の同意を与えた場合にのみ公表有りと判断するのが妥当である。
- また,著作権者による公表の権利の不行使は,その権利を狭く保護することになるとの原告主張に対しては,その理屈が誤っている。公表権には,そもそも公表するかどうかの選択権を含むのである。
- Works著作物は被告有利に働くが,未公表であることの考慮は原告においてこれを上回る。
- コピーされた部分の分量と実質性
- 実質的比率を占める場合又は本質的核心部分である場合は,公正使用とは認められない。Worksの内容は,ほとんど理解できない。しかし,量的評価が可能であるため,質的評価は不要である。被告のコピーはほとんど原告Worksをそのまま転送したかのようである。
- なお,Worksは全てを文集として一つの著作物と見るか,Worksを構成する個々の各部分を一つの著作物と見るかが問題であるが,連邦規則集及び先例から,個々のパートを一つの著作物とみなす。
- また被告は,被告のインターネットへの投稿行為を独自のニューズグループ内で行われているという事実を考慮して,個々の投稿毎に見るのではなくその継続する対話の事実関係のもとで考察すべきことを求めているが,不当である。その後にそれ以上の量の注釈や分析で被告の投稿行為を覆い隠してしまうことが可能となるからである。
- よって第3要因は原告に有利に働く。
- 潜在的市場又は価値に対する影響
- 原告は,被告がChurch of Scientologyに及ぼす可能性のある影響の証拠を提出しておらず,又被告が直接の競争者として行動していることも証明できていない。従って,第4要因は被告有利に働く。
以上4要因を考慮の結果、被告の行為は公正使用を構成しないと認める。
- 著作権ミスユース
被告は,原告の提訴の真の目的は,被告のコンピュータ関連資料の囲い込みにあり,また原告を批判したことに対する嫌がらせであると主張する。しかしその主張は当たらない。著作権ミスユースとは,著作権者が著作物を意図された以上に拡張して,その権利保護を拡大適用させようとする場合や,原告が使用しうる資料の制限や差別的な著作権行使などの場合において適用される。本件の場合において,被告はこれら原告の行為を証明していない。従ってミスユースに当たらない。
【W.認定損害賠償額】
著作権者は,「現実の損害賠償及び侵害者の得た追加利益」または「法定損害賠償」のいずれかを求めることができる。本件においてRTCは,後者を選択した。法定損害賠償額の決定に当たっては,以下の要素を検討する。
- 侵害の程度
- 侵害行為の回数
- 故意の程度
- 侵害の程度
ほとんど逐語的コピーであって,被告の何らの評釈や注釈もない。
- 侵害行為の回数
著作権法は,「編集著作物又は派生著作物の全ての部分が1つの著作物を構成する」と定める。本件においては,5つの編集著作物から構成されている。従って,5個の侵害行為を認定する。
- 故意の程度
被告は,著作権侵害の前歴がなく,またWorksの著作権を主張するものでもないので,故意に基づき加重法定損害賠償を課すことを拒否する。
以上から,法定損害額を2,500ドルに決定する(最低法定損害額500ドル/個×侵害個数5個)。
【X.コメント】
- 本件は略式裁判であるので,コピー行為を認めた被告の立場にあっては,著作権侵害と結論されたことは妥当であった様に思う。
- 未公表著作物に対する公表に対する見解については,本件では公正使用の考慮要素(著作物の性質)における検討事項として取り上げられている。日本法の下では,著作者人格権(公表権)の問題として,検討されることとなる。本件では「最初に公表する権利はそもそも公表するかどうかの選択権を含む」と認定している点では,日本法における公表権と考え方に大きな差異はないものと思われる。
- RTCの当事者適格。問題のOT文書は,Hobbardが著作者であり,その管理が教会からRTCに委託されている。しかし,著作権登録はRTCの名になっている。これらの三者間の関係は不明であるが,OT文書に関する著作権がRTCに譲渡されたのか,あるいはRTCが編集著作物としての権利を有していたものと思われる。
- 公正使用における考慮要素のうち,使用の目的・性格を検討する過程において,被告がニュース記者とは異なった立場にあり,又「公共の利益のため」ではなかったと認定している点は検討を要する。何人も自由に自己の主張をいかなる方法であれ,批評,批判する権利は有しているはずであって,これは記者であろうとなかろうと,又新聞であろうとインターネットであろうと変わるところはない。情報の発信が「公共の利益のため」であるか否かは,その対象が公衆の知る権利との兼ね合いで評価されるべき問題である。このことは,批評者による思想の自由,表現の自由にも関わってくることであろうと思われる。特にインターネットインフラの構築は,誰でもが情報発信者(記者)になることが可能となるメディアである。
【Y.日本法との比較】
前述の通り,日本の著作権法下では,被告によるインターネットへの公表行為は,著作者の公表権を侵害すると思われる。日本著作権法では,公表(発行)のみなし規定が存在するので(著法§3,§4),この公表に該当するか否かが問題となる。また,著作権の譲渡に関しても公表権同意の推定規定が存在する。しかし,いずれの場合においても本件の場合には,公表を推定し,又は認定することは困難と思われる。インターネットにおける公表の概念にあたっては,データベース著作物の公表みなし規定のような手当が必要かもしれない。
【Z.YWGでの検討要旨】
- 被告の侵害行為(ダウンロードおよびアップロード)は明らかであり妥当な判決と思われる。
- 本来普及させることが目的と考えられる宗教の表現物を厳密に保護しようとする点に素朴な疑問をもつ。また,教義のアイディアとはどのようなものであろうか?
- 被告がOT文書は裁判所が例示した料理のレシピや自動車修理工のマニュアルよりも厳密な反復を要求するのでアイディア(教義)とマージすると反論しているのに対し,裁判所は詩や俳句,交響楽の反復性を有するが著作権で保護される対象物を引き合いに出し退けている。裁判所が詩や俳句,交響曲を引き合いに出した背景にはアイディアからできあがった表現が1つの場合保護対象外とすると詩や俳句,交響楽が保護の対象とはならなくなってしまうことを例示したかったと推測する。
- 被告はインターネット上に掲載されたもしくは訴訟資料から入手したOT文書を批評やコメントを付けずにニュースグループへアップロードしたが,ニュースグループ内ではアクセスした者が批評やコメントを記載しているのでインターネットの特徴である双方向性を考慮しニュースグループ全体として判断すべきと主張している。これに対し裁判所はインターネットの特徴を特に考慮する必要なないと判断しているがこの判断には多少の疑問が残る。
- 日本法を適用する場合,公表権のみでなく有線送信権の適用も考えられるのではないか。
- 当初被告にはLarmaのインターネットへのアクセスプロバイダも含まれていたが,原告が自らの意志で取り下げている。プロバイダーの責任を裁判所がどのように判断するか興味があり残念である。
←オランダでは,本件の原告と同門と思われる教会がプロバイダーを提訴した事例があるが,結論としてプロバイダーの責任が否定された裁判所の判断がある。
←また,米国では大手ソフトウェアペンダを中心とした業界団体であるSPA(Software Publishers Association)がインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)等に対しサーバのモニタリングや管理を義務づけさせようとした。これに対しプロバイダの中には,ISP Defence Coalitionを結成しSPAの方針に対抗する姿勢を表している企業もある。
<参考>SPAのホ−ムペ−ジ http://www.spa.org
以上