1.権利譲渡か利用許諾(出版権の設定を含む)か
(参照:tasini判決 U The Alleged Transfer of Rights Pursuant to
Contract)
著作権の譲渡・利用許諾とも当事者の意思表示のみでその効果を生じ、書面による必要はない(著作権法第61条・第63条)一般に原稿の執筆等について、一括して対価が支払われる場合でも、著作権譲渡の旨が明らかでない限り、単なる使用許諾であり、著作権譲渡とはならない。ただし、支払われた対価が使用許諾料より非常に高額であるなど特別な事情があり著作権譲渡を推測しうる場合には、明示の意思表示がなくとも著作権譲渡がなされたと考えて差し支えない
(著作権法ハンドブック184頁参照)。
(判例)
原色動物大図鑑事件 東京高裁平成元年6月20日判決(判例時報1312号151頁)
− 著作者と出版者の合意は著作権譲渡か出版権設定契約か −[事実の概要]
原告Xは、Yの依頼で原色動物大図鑑(以下、大図鑑)用の挿絵を描き、昭和28年から32年までに順次原画をYに引渡し、昭和32年にXY間で以下の内容の覚書を締結し、Yは大図鑑全5巻を昭和32年から35年にかけ発行した。
内容:1.原画の所有権はX、出版権はYにそれぞれ帰属する。
2. Yは原画をXに返還することを原則とするが、通例はYが保管する。
3. Yが原画を他の出版物に使用する場合は事前にXの了解を得て掲載料を支払う。
4.Yは原画の作成のため消費された時間を金銭に換算した料金や作成のための資料収集に要する交通費・宿泊費等をXに支払う。
Xは挿絵についての出版権設定後3年経過による出版権消滅を理由に原色動物大図鑑の出版の差止、挿絵の原画引渡し及び出版権消滅後の出版について著作権使用料相当額の支払いを求めた。[判旨]
<第1審>
「一般に、著作権の譲渡であるか、出版権設定ないし出版許諾であるか、明らかでないときは、当事者の意思としては後者の趣旨で合意がなされたものと考えるのが相当である。」「覚書の内容を子細に見てみると、.....右の記載は、著作権を譲渡してYがこれを有するものと考えた場合とは明らかに矛盾する。さらに、.....画料の取り決めは、.....決して低額とは言えないが、.....右金額の合意は著作権譲渡の対価と見るよりは、出版権設定の対価と見る方が、自然であるといえる。」として覚書は出版権設定の趣旨であったと認定した。
<第2審>
「Xは、Yに本件各原画の引渡しを了した昭和32年以降昭和58年ころまでの間、Yが本件各図書を再販、三版と版を重ねて発行していることを知っていたのにかかわらず、Yに対し本件各著作物について著作権を主張したり、使用料(印税)の支払いや本件各原画の返還を請求したことが全くなかった。」
「.....当時も、出版社が画家に図書の挿絵を依頼する場合、出版社が画家から挿絵の著作権及び所有権を買取るのが通例であり、Xもこのことを承知していた。」「Yと本件各図書の本文執筆者らとの間では、.....印税として.....支払うこと等の合意が成立し、.....Xを含む本件各図書の挿絵を描いた者は印税支払対象から除外されている。」「YからXに支払われた金額は、本件各著作物の著作権使用料と認めるには著しく高額である。」
「覚書は、その作成日(S33/8/16)より将来に向けてYの次号に協力するXを含む日本理科美術協会の会員の著作物をYが出版する場合において両者間に締結される個別的な契約の指針となる条項を確認したと認めるのが相当であって、これをもって当時すでにYに引渡済みの本件各著作物についてのXとYとの約定を記載したものと認めることはできない。」としてXの請求を棄却した。秘録大東亜戦史事件 東京地裁昭和50年2月24日判決(判例タイムズ324号317頁) − 原稿の買取りは著作権の譲渡か − [事実の概要]
原告Xらは、訴外A社より「秘録大東亜戦史」に掲載する原稿執筆を依頼され、原稿を執筆した。A社は原稿を買取ったが、買取りの趣旨について特に意思表示はなく、発行部数・再販の取扱の取り決めもなく契約書も作成されなかった。
出版社YはA社より「秘録大東亜戦史」全巻の著作権を譲り受け、編集して「大東亜戦史」として出版した。
XらはYの出版行為がXらの著作権を侵害しているとして、損害賠償・出版の差し止めを求めた。Yは原稿買取りによりXらの著作権は A社に譲渡され、さらにYに譲渡されたもので、Xらの著作権を侵害するものではないと主張。
Xらは原稿料は著作物の掲載料に過ぎないと反論した。[判旨]
原稿買取りといわれるものには、著作物掲載の対価として原稿料支払いが行なわれることもあり、直ちに著作権譲渡がなされたと即断することはできない。
しかしながら、Xらに対する原稿料が印税相当額を大幅に上回るものであること、支払いは編集出版前原稿と引換にされ出版後支払額の追加変更・発行部数・再販の取扱について何ら取り決めもなされず、その後の出版に際し、現在に至るまで各執筆者から印税その他の請求がないこと、「秘録大東亜戦史」が多数執筆者の小編を編集したものであること等を考えあわせると、A社に対し少なくとも出版物について複製する権利の譲渡があったと認めるのが相当である。
「著作権譲渡であるか否かは、原稿の買取りということのみから直ちに判断されうることではなく、その際の契約当事者間の具体的な契約内容に関する意思解釈にかかる事実認定の問題であって、原稿買取りであるからといって、著作権譲渡でないとすることはできない。」
* 支分権の譲渡
(参照:tasini判決 VB1 Privileges As Transferrable Rights)
法律上具体的に規定した個別的な権利でなくても、実務上個別的な権利として区別され、かつ、社会的にそのような取扱をする必要性の高いもの(例えば、印刷・出版を内容とする権利)については、それ自体独立して著作権の支分権として譲渡可能である
(著作権法逐条講義改訂新版 加戸守行著 308頁以降)
2.許諾の範囲
利用許諾(non exclusive license)か出版権の設定(exclusive license)か
利用許諾:許諾にかかる利用方法及び条件の範囲内においてのみ利用可能で、著作権者の承諾なしに譲渡不可能(第63条)(判例)
出版権の設定:設定行為で定めるところにより、頒布の目的をもつて、原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図画として
複製する権利を専有し(第80条)、著作者の承諾を得た場合のみ譲渡可能(第87条)出版界における買取り制度は、作品を創作した目的の範囲内における当初利用方法と同一の方法による再利用を含めた利用許諾であり、使用料の一括払いを条件とする契約と解するのが合理的な当事者意思推定である
(著作権法逐条講義改訂新版 加戸守行著 323頁)
太陽風交点事件 東京高裁昭和61年2月26日判決(判例タイムズ600号123頁)
− 出版権設定契約と出版許諾契約 −[事実の概要]
出版社Xは、SF作家Y1との間で「太陽風交点」を含むY1の作品を集めて単行本とし、出版する契約が口頭で締結し、単行本を出版した。
出版社Y2は、「日本SF大賞」を後援し、受賞作品を文庫本に集録することにしており、賞を受賞したY1の「太陽風交点」を文庫本として出版することについて出版権設定契約を文書により締結し、文化庁に出版権設定の登録をした。
これより先Xは同書を文庫本に収録することについてY1から許諾を得て文庫本を製造したが、Y2から文庫本が発刊されたのでこれを破棄したという。
Xは、XY1間の出版契約は口頭でなされているが、それは出版界の商習慣となっており、出版件設定契約である、また出版界では、先行出版社から出版された書籍は3年間他者から出版できないという不文律があり、これは著作権法83条2項に基づくものであるとして、Y2の文庫本出版差し止め、Y1Y2に対する損害賠償等を求めた。
Y1は自分もXの編集者も出版権設定契約と出版許諾契約との差異があることは知らなかったから、出版権設定契約が行なわれたはずがないと主張、Y2はXのいうような商習慣も慣行も出版界には存在しないと主張した[判旨]
<第1審>XY1間の口頭による契約は出版権設定契約とは認められず、またXのいうような商習慣も「すでに出版界において慣習法または事実たる慣習として定立していると認めることはでき」ない
<第2審>「先行出版社の立場を尊重しようとする一応の慣行が出版界にあることは認められるが、.....右の慣行がすでに出版界において慣習法または事実たる慣習として定立していると認めることはでき」ない。
また、その慣行は出版界における事情であり、著作者との契約の解釈において尊重されなければならないと解することはできない。
「出版権設定契約または独占的出版権許諾契約を締結するにつき何らの障害もなかったと推認されるにもかかわらず、漫然これを締結するの労をとらなかったのであるから、そのよって生じた結果を甘受するのほかはない」
3.編集者・出版者の権利義務
・利用の目的・態様に照らし、やむをえないと認められる改変(第20条2項4号)
・出版権の設定を受けた場合の権利義務
頒布の目的をもって原作のまま複製する権利を専有(第80条1項)
慣行に従い、継続して出版する義務(第81条)
再販する場合の著作者への通知義務(第82条2項)
著作者が出版権を消滅させようとする場合の損害賠償を受ける権利(第84条3項)
(判例)
以上薬学書事件 東京地裁平成2年6月13日判決 (判例時報1366号115頁、判例タイムズ742号187頁)
− 改訂版の出版における出版者の注意義務 −[事実の概要]
原告Xは、被告Yらが企画、編集し、出版した薬学書(以下、旧書籍)を、他の者と分担して執筆したが、改訂版の出版に際しては執筆者として参加していなかった。
Xは旧書籍中、Xの執筆部分はXの単独著作物であり、改訂版の右に対応する部分はその表現において同一ないし類似し、無断複製物であるとして被告らを著作権侵害、著作人格権侵害で訴え、改訂版の出版差止、損害賠償等を求めた。
被告らは、旧書版は執筆者全員の共同著作物であり、各執筆者は寄与度に応じた持分を有するにとどまるとしてXの単独著作権を否定、又改訂版の言い回しが類似していて薬学書という性質上、内容は公知、定説となっている事実であり、複製ではないと主張した。[判旨]
旧書版のX執筆部分は、「他の者が創作に関与したと認められるほど加筆訂正がなされた形跡はな」く、「加筆訂正の程度にかかわらず各書籍について執筆者全員の共同著作物とする旨の合意があったというような事実もうかがうことができない」として、Xの単独著作物であるとし、改訂版の一部について複製があったと認めた。
業務として改訂版を編集、発行する者は、「改訂前の表現の無断利用が行われないように、予め執筆者に対して注意を促し、更に、執筆済み原稿を照合して表現の利用の有無を確認し、これがあった場合には被利用表現の執筆者の同意の有無を確認するなど、改訂前の執筆者の有する著作権、著作者人格権を侵害することを回避すべき措置を講じるべき義務がある」日本のユートピア事件 東京地裁昭和48年10月31日判決 (無体集5巻2号429ページ)
− 出版物の増刷 −[事実の概要]
原告Xは、自己の著作物について、被告Yと著作権使用料及びその支払方法、初版の発行部数、定価について出版契約を締結、Yから単行本として出版された。Yは更に増刷を発行し、また、自社刊行の「ユートピア双書」として体裁等を変更して出版した。単行本の増刷、双書としての新版増刷に際し、YはXに事前に通知しなかった。Xは書面により、単行本の著作権使用料を支払うこと、及び双書については改めて出版契約を締結すべきことを催告したが、Yがこれを無視したため、書面により出版契約解除の意思表示を行い、出版差止、損害賠償等を求める訴訟を提起した。[判旨]
出版許諾契約に基づいて、出版者があらためて複製ないし増刷する場合にも、著作権法第82条2項所定の著作者への通知を要する。第82条2項は、出版権設定を伴わない出版許諾契約の場合でも、その旨の特約の有無にかかわらず、出版者の当然の義務であり、「...右通知義務が、著作者の人格的利益を保護する目的に出た著作者の著作物を修正増減する権利を確保しようとするものであって、著作者の人格権に由来するものであるから、これを積極に解するのが相当であり、前記法条が適用されるものといわなければならない。」
許諾なしに体裁等を異にして出版したことについては、発行部数について、単に初版部数を約定し、著作権使用料も率をもって定めていることから、「他に特段の事情の認められない本件においては、以後の出版による複製も当事者間において当然見込まれていたものと認めるに妨げがなく、このように、広く出版による複製を許諾している以上、著作権侵害の成立する余地はなく、仮にX主張の点に関し約定があったとしても、単に合意の内容に違反した債務不履行が問題になるにすぎず、右著作権侵害に基づく著作権使用料相当額の損害賠償請求としては理由がない」