先週、梅雨が明けた。予定通りの季節なれど、平年を上回るこの酷暑、何とかして欲しい。

さてこれは梅雨時の話。通勤時に雨が酷かったので、バスを利用した。結構満員で、隣に立つ人、後ろに立つ人と体が触れ合う程の車内。二の腕の後ろ側に冷たいものを感じた。振り返ってみると後ろの人は、肩にかけたバッグに傘の柄を引っかけて、片手でつり革を、もう一方の手はスマホを顔の前に掲げている。こんな状況でスマホを眺めなければならないほど、人生の一大事に直面しているのかな。申し訳ないとは思いつつチラっと画面を覗いてみると、ほぅ、こりゃ人生の一大事だ! 漫画を読んでいるのだった。この頃は、他人に何か注意をしようものなら、フルボッコにされる可能性もあるので、口に出しそうになるのを堪えて、体をナナメにして黙って手で傘を押し返した。でも漫画に夢中のようで、バスを降りるまで濡れた傘が人に当たっていることに気づかなかったようだ。

最近は電車の中でも、カバンやズボン(死語?)のポケットに傘の柄を引っかけている人をよく見かける(ポケットに引っかけている人は足が長くて羨ましいが)。多くの人は、その状態でスマホを掲げている。片手を空けるためには、どうしても傘の始末をつける必要があるからだろう。ところで、どうしてそのように、皆、スマホに夢中なのか。車内でずらっと並んで皆がスマホを眺めているという光景は珍しくない。スマホを眺めていない人の方が珍しい位だ。稀には人生の一大事に直面してスマホに向かい合わざるを得ない人もあるだろうが、多いのはSNS、メール、漫画/記事などを読む、ゲームをするなど、暇潰しだろう---失礼。趣味娯楽か、時間の有効活用と言うこともできる。私の車内の暇潰しは本を読むか、人間観察か(悪趣味ですね)、物思いに耽るか(恋ではありません)だが、スマホを眺めること自体を批判するつもりはない。スマホ依存症というのもあるが、そこまでに至らないとしても、我々の脳が、覚醒している間は常に何か刺激を求めているということに違いない。ぼ~っとしているのを許さない。刺激(暇潰し)のバリエーションを増やしてくれるスマホはもってこいだ。

いろいろ書いたがつまるところ、意図せず傘が触れてしまうのは仕方がないとして、雨に濡れた自分の傘の始末に無頓着な人に腹が立っているのだ(心が狭いとも言う)。無頓着な人は、他人の傘の雫が服に付いて濡れても何も感じない(心が広いとも言う)のだろうか。時々、傘をネームで纏めていない人もいるが、もはや驚愕でしかない。これもダイバーシティか??

 

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