1997年7月24日
弁護士 小川憲久
1.ライセンサーの倒産とソフトウェアの利用関係
+1.1ソフトウェアの利用関係
+1.2ライセンサーの倒産による影響
++1.2.1法的倒産(破産、会社更生)の場合
++1.2.2事実上の倒産の場合
+1.3質料の確保
2.ソフトウェア・エスクロウの概要
(a)ソフトウェアの複製物の購入による利用
パソコン用パッケージ・ソフトウェア、TVゲーム・プログラム等の購入による利用は、著作権法上の複製にあたらないとするのが従前の理解である。仮に複製にあたるとした場合にも著作権法47条の2により、プログラムの複製物の所有者として自己利用に必要な限度で複製翻案できることになる。
(b)シュリンクラップ契約による利用
シュリンクラップ方式のみでの契約成立については否定的な意見が強い。ユーザーが使用許諾契約の同意書を返送した場合には、使用許諾契約が成立する。使用許諾契約では、使用条件、禁止事項、保証範囲、責任制限、条件違反による返還・廃棄、有効期限等が規定されているが、ユーザーがソフトウェアの複製物の所有者であるのか、または使用許諾契約により複製物の借り主になってしまうのかとの点は疑問がある。また、この問題は著作権法47条の2が強行規定なのか任意規定なのかという問題と絡む。
(c)ソフトウェア使用許諾契約による利用
比較的大規模なソフトウェア、高額なソフトウェアの場合には、ライセンサーとユーザーとの間でライセンス契約(使用許諾契約)が締結され、ソフトウェアの複製物が貸与される形態が多い。その場合には、著作権法47条の2の適用はなく、ユーザーの利用は契約内容に従うことになる。
(d)複製許諾契約による利用
ソフトウェア・メーカーが販売代理店にマスター・プログラムを供給し、販売代理店がエンドユーザー向けに複製物を作成したり、カスタマイズすること等を許諾する場合や、他のメーカーのソフトウェアに組み込んで販売することを許諾する場合などは、複製許諾契約による利用となる。
(1)管財人の第三者性の問題
ライセンサーが破産し又は会社更生手続きが開始された場合、破産管財人又は更生管財人は差押債権者と同様の立場に立つとするのが判例である(管財人の第三者性)。そこで、この場合にはライセンサーより受けていた複製許諾や翻案許諾は、対抗要件制度が在在しないために管財人に対抗することができず、管財人より差止請求が可能となる。しかし、ソフトウェアの使用そのものについては、著作権法は使用権を著作権者の専有するものとしていないため、(プログラムの使用は複製に該当しないとの前提では)ユーザーは自由になしうることになる。また、プログラムの複製物の所有者であれば著作権法47条の2により必要な複製を含めて自由に使用が可能となる。
上記のソフトウェアの利用関係からみると、(a)の場合は利用に支障がなく、(c)(d)の場合は差止めの可能性があり、(b)の場合は使用許諾をどのように捉えるかによって違いがでることになる。
(2)双務契約の双方未履行による解除の問題
破産法59条、会社更生法103条は、双務契約が双方未履行の状態にあるときに、管財人の解除権を認める。そこで、上記(c)(d)の場合にライセンス料が期間に応じて支払われるために未払いであり、かつ将来の利用(複製)をさせる義務が未履行であると考えられる場合には本条の適用があり、管財人は契約の解除を選択できることになる。その場合にはユーザーは使用(複製)権原を失うことになる。
(3)米国連邦破産法365条(n)項
米国においては破産手続きにおいてライセンス契約の継続を確保するため、1988年に連邦破産法に365条(n)項を追加し、破産時にライセンシーによってライセンス契約の継続を選択できるものとした。したがって、上記(2)の場合にもライセンシーは使用権原を維持できることとなった。
わが国においても、双務契約における双方木履行解除の問題を解決しライセンシーの保護を得るためには米国同様の立法が必要であろう。また、管財人の第三者性の問題については、複製許諾等の使用権について対抗要件を備えることができるような登録制度の改正も必要であろうと思われる。
ライセンサーが事実上の倒産をした場合、ライセンシー、ユーザーはソフトウェアの使用権原を失うものではない。むしろ、ライセンサーの倒産によりソフトウェアのソース・コード、メンテナンス資料等が散逸し、開発技術者が不明となって、事実上ソフトウェアの使用継続に支障を生ずるのが昔通であろう。
ライセンサーが倒産した場合、ライセンスしているソフトウェアについてのソースプログラムや仕様書、フローチャート、開発技術資料等のドキュメント類が散逸してしまうことが多くみられる。このことは倒産が事実上のものである場合、法的倒産である場合を間わない。倒産は必ず混乱を伴い、法的倒産の場合に管財人が選任されることで資料が確保されるとは限らないからである。法的倒産における管財人の第三者性の問題、双方木履行解除の問題自体は利害が正面より衝突する場面では法的な手当がなされなければ解決は得られないといえるが、現実にはライセンシーと管財人との交渉等により解決可能な事柄であり、むしろ、かかる問題が生ずる場面より、資料等の散逸によりソフトウェアの使用継続を困難にする場面がはるかに多いものと考えられる。わが国において圧倒的に多い事実上の倒産の場合には、まさにこのことが妥当する。
欧米においては、かかる状況の解決法の一つとして、ソフトウェア・エスクロウ制度があり、活用されている。わが国においてもこの制度を創設することにより、ライセンサーの倒産時にソフトウェアの現実の利用を継続し、ライセンシー、ユーザーのソフトウェア資産利用の安定をはかることができるものと思われる。
ちなみに、ソフトウェア・エスクロウはライセンサーの倒産のみならず、災害や火災等によるソフトウェア資産の散逸を防止することも可能であり、さらにはソフトウェア担保における担保目的ソフトウェアの安全な確保に転用も可能であると予想される。
ライセンサーが、第三者たるエスクロウ・エージェントに、ソフトウェアのソースコードの複製物、開発資料等の所有権を移転し、ある一定の条件又は事象の発生により、それらをライセンシーに移転するという預託類似の制度
(1)契約:
ライセンサーを預託者、ライセンシーを受託者とするエスクロウ・エージェントとの間の信託類似の三者契約
(2)デポジット:
ライセンサーはエスクロウ契約に従い、預託物をエージェントに引き渡し、所有権を移転する。預託物はソースコード等の複製物であり、所有権移転により管財人、債権者よりの差押等に対抗する。
デポジットの対象は
・ソースコード及びオブジェクトコードの複製物
・設計菩、仕様書、フローチャート、マニュアル、メンテナンス資料等のドキュメント類
・開発技術者情報
ライセンス対象のソフトウェアがデポジットされたことを確認するための照合を行う。方法はテクニカルな面を含めて様々あり得る。バージョンアンプの場合には必要に応じて追加デポジットを要求する。
(3)保管:
エージェントは封印された容器にデポジットを格納し、善良な管理者の注意をもって保管する。封印後はエージェントを含めて何人もアクセスを禁止する。エージェントに秘密保持義務がある。
(4)開示、引き渡し:
ライセンス契約、エスクロウ契約に定める一定の事象、例えばライセンサーの破産宣告、一定期間のメンテナンス不履行、ライセンサーの事業所閉鎖等の事象が生じた場合に、エージェントはライセンシーの申立によりデポジットをライセンシーに所有権移転し、交付することになる。
(5)通知:
開示手続きとして、エージェントよりライセンサー宛に通知をなす。ライセンシーの申立の確認のためである。ライセンサーより異議あれば開示はせずに両者間での解決を待つ。通知の不到達、返事のない場合にはエスクロウ契約に従って開示する。
(6)料金:
原則としてライセンサーに負担義務があるが、ライセンシーにも支払権限を与えることで保管の継続を担保する。