2007年4月24日
2007(平成19)年3月23日開催「ソフトウェアADRセミナー」の内容
平成19年3月23日、大手町サンケイプラザにて平成18年度の経済産業省委託事業の一環として開催した「ソフトウェアADRセミナー」の内容を、以下に掲載します。
なお、DVDと同内容の映像を経済産業省のウェブサイトからごらんいただけます。(2007年6月29日追記)
【セミナーの内容】
1. 情報サービス・ソフトウェア分野におけるADR活用に向けた期待
- 経済産業省 商務情報政策局情報処理振興課長 鍜治克彦氏(レジメ)
2. ADR制度(仲裁法、ADR法等)の概要
- 一橋大学大学院法学研究科教授 山本和彦氏(レジメ / 講演録)
3. ソフトウェア紛争の典型事例を基にした模擬仲裁の放映
(想定事例)
Aサービス:ユーザー(発注者)、申立人
国内20拠点に営業所を持つ、従業員数約400名のサービス業
Bベンド:ベンダー(受注者)、被申立人
従業員数約200名の中堅システムベンダー
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Aサービスは、新たな受発注システムの開発について、第1フェーズ(経理システムや社内情報共有のためのWebシステム等の社内システム)の開発を8,000万円でBベンドに委託し、第1フェーズの開発は順調に進み、予定どおりAサービスに納品され稼働し、Aサービスの支払も完納した。
次の第2フェーズ(受発注システム及び保守)の開発は、初めは順調に進んだが、要件定義工程の終盤に、Aサービスから当初予算の5,000万円より縮小して欲しい旨の要望があったため、Bベンドは当初の新規開発に換えてC社製パッケージ(700万円)を利用にすることで3,000万円の開発費としてAサービスの要望に応えることにし、Aサービスもこれを了承し、着手金1,000万円をBベンドに支払った。しかし、第2フェーズの開発は 次第に遅れだし、結局、納期を2回延長した末に納品した。
納品された第2フェーズのシステムは、Aサービスにとって満足な機能ではなく、思うようなレスポンスも得られないため本稼働せず、結局、Aサービスの業務は旧システムを平行稼働していた。そのため、Aサービスは第2フェーズのシステムの検収にOKを出していない。
4. ディスカッション
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ソフトウェア取引紛争へのADR利用のメリット、課題等 (ディスカッションの発言録)
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仲裁人を選任できる
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非公開
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技術の把握
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争点整理等手続の手続の迅速化
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時間・費用
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柔軟な解決の提供
〔パネリスト〕
司会: |
三木 茂 弁護士(三木・吉田法律特許事務所) |
パネラー: |
大澤 恒夫 弁護士(大澤法律事務所) |
大谷 和子 (株)日本総合研究所 法務部長 |
小川 憲久 弁護士(紀尾井坂法律特許事務所) |
野々垣 典男 (株)JTB情報システム 執行役員 |
美勢 克彦 弁護士(松本・美勢・秋山法律特許事務所) |
山本 和彦 一橋大学 大学院法学研究科教授 |
〔主な内容〕
(1) 仲裁人を選任できる
- 一般的に、裁判官にソフトウェア技術の知見を求めるのは困難であるし、裁判(裁判所の調停含む)では裁判官(又は調停委員)を当事者が選ぶことができないので、技術内容から当該紛争でのポイント等の把握に時間がかかる。この点、ADRではソフトウェア業界やトラブルの勘所を踏まえている仲裁人(調停人、あっせん人含む。以下同様。)を当事者が選ぶことができ、その選んだ仲裁人の判断であれば、ある程度の納得感が出てくる。当事者が仲裁人を選ぶことができるというメリットは、非常に大きい。
- 現在、東京地裁で調停を担当する民事第22部では、調停委員が約380人で、そのうち120人程が弁護士。その他には建築士が最も多く、医者、大学教授もえる。これらの中で、ソフトウェア関係の技術者は13人、弁理士が5人。技術者がいるのでソフトウェアのことは分かるわけだが、誰に依頼するかの選択の余地は当事者にはない。仲裁等とは構造が基本的に異なる。
- 訴訟は、ある意味お上任せともいえるが、ADRは当事者が自主的に解決するものであり、そのことがADRの本質ともいえる。ある交渉が行き詰まったときに、従来であれば訴訟という段階だったのが、それに替わる次の段階としてADRを選択して、当事者が選んだ第三者の専門性を有する仲裁人によって視点が転換されるというのは、当事者にとって非常に大きい。そいう仲裁人を自分たちで選ぶことができるというのは、まさにADRのメリットといえる。
- ADRを選ぶ以上、当事者が、自分達の手であるいは第三者に依頼して、とにかく解決していくという積極性が必要。
(2) 非公開
- 裁判は公開が原則であるのに対し、ADRは非公開である。例えばベンダー同士のトラブルをユーザーに知られたくない場合等、ユーザーのシステムの中身の保護を図ること(公開されることなく)ができ、ビジネス展開上大きなメリットがある。
- 非公開の下で、互いが率直に資料を出し合って説明したり、場合によっては現物を検証することも考えられる。交渉が拗れる前の早期段階に、このような具体的な話し合いを非公開でスタートさせて第三者の見解もきくことができるということは、大きなメリットである。
- ADRだから、全く秘密保持については安心かというと問題がある。例えば、秘密の技術情報を出したときに、当事者が秘密保持の合意をした上で開示して検討材料とするか、そうではなく、仲裁人だけがそれを見て判断することにして、仲裁人の秘密保持義務でカバーするようにするか等、手続上どういう運用にするかの難しい問題がある。
(3) 技術の把握争、点整理等手続の手続の迅速化
- 専門性のある仲裁人が手続に関与することで、紛争の何が核心なのかを理解しつつ、紛争の全体像も見失わないで解決に取り組める点が重要。模擬仲裁ドラマのように、システム関係の大学教授、SEのバックグラウンドのある技術者、紛争解決の専門性を持つ弁護士のそれぞれが役割を発揮して、技術的問題点を把握して全体としての解決の方向性を生みだしていけると良い。
- 審理の方法についても、東京地裁の調停では事件の経過について事前にフォーマットを用意し、それを当事者に埋めてもらい、概ね2回程度の期日で事実関係が一覧できるものを作ってしまう。また、証拠調べについても、例えば、当事者に開発担当者を同席させてその場で質問したり、申立人が第一回期日からCGを駆使して技術説明資料を作って説明したり、相手方もそれに対する説明をCGを使って説明するということも可能。こういうやり方は、訴訟は弁論主義なので絶対にできないと思うので、訴訟に比較して、技術の把握及び争点整理についての大幅な迅速化が期待できる。
- 最近は、裁判所も審理の迅速化について、争点整理については裁判官に専門委員をつけて行うなどの努力をしていて、特に、医療、建築、知財の3分野は専門部を設けて専門委員も潤沢につける等して従前より大きく改善していると思われる。しかし、ソフトウェア取引の分野は、そうした裁判所の取り組みから抜け落ちたような位置づけになっているようだ。複数の裁判官や調停委員から、ソフトウェア取引関係の事件が一番大変だったという声も聞いている。それからすると、このソフトウェア取引紛争を裁判で行う場合の迅速性には限界がある部分で、その分ADRへの期待がもてるのではないかと思う。
(4) 時間・費用
- 企業にとって情報システムの開発は大きな戦略の下に行われるので、時間との戦いでもある。そこでトラブルになればその分の時間は、企業にとっての大きな経済的損失となってしまう。だから当事者は迅速に解決したいわけだが、どのように解決されるか初めは分からず不安をもちつつ取り組むという時に、最初から仲裁(の合意から)ではなく話し合いから始めてみるというのも方法。その中で仲裁人候補者との信頼感が生まれれば、その人達に裁断を任せる合意もしようということにもなり得る。そういう手続を自分達で行うことができるというのがADRのメリットである。一般的に、手続が厳格な裁判では、そうはいかない。
- 利用者が、じっくり時間と費用を掛けて行う方法を望むか、迅速に簡易に行うことを望むかの選択ができるようであれば、利用者にとっても使いやすいかも知れない。
- 時間については間違いなく裁判より短縮できると期待できる。その意味では費用も縮減できるとも言えるが、反面、仲裁人の報酬は当事者負担となるし、必要な調査や鑑定を実施した場合の費用も負担することとなるため、事件の規模、難しさなどによっては、ADRの方が費用が膨らむことも考えられる。
- 裁判所では、現在一人の裁判官が年間200件の事件を同時進行させている。そのような状況ではどうしても時間的にも限界がある。それに対してADRでは、例えば一人の仲裁人が同時に何件もやっているわけではないだろうから、期日も迅速に入れることができる。また、ADRでは仲裁人報酬等の全費用を自己負担せざるを得ないが、ADRが裁判を補うものとして紛争解決の質を挙げることができるとすれば、そのような費用の面は仕方ないかも知れない。
(5) 柔軟な解決の提供
- 今回のドラマで一番良かったのは、一度死んだと思われる関係を生き返らせて、何が両当事者にとって一番いい解決かについて前向きな方向で考えて解決したこと。しかし、訴訟になれば、一旦契約を解除して損害賠償金を多く取れる法律構成を考えざるを得ないので、ADRでこのような前向きな解決ができるということは、当事者にとって大きなメリットである。
- 交渉が拗れないうちに、双方で解決に向かって早めにスタートさせることが重要である。そうすれば、ドラマでなされたような前向きな解決も可能だと思う。
- 柔軟な解決については、仲裁廷は当事者双方の求めがあるときは法律によらず「衡平と善」によって判断すると仲裁法36条3項で定められており、これによって法律に縛られない解決が可能ということになる。他方で、それだけ解決の幅が広がったわけだが、利用者から見た場合に、どういう場合にどのような解決がなされるのかといことが予め明らかになっていないと怖いという部分がある。そのためにADR機関では解決事例集のようなものを作っていて、それがADRの利用促進につながるという面もあると思われる。このことも検討の必要がある。
- 現役のソフトウェア技術者に仲裁人として入ってもらいたいが、どうしても勤務先との関係がある。このような人達をどのようにして集めるかは大きな課題。
以上
2012-03-12 14:41
更新