担当: (株)東芝・和田 / 富士ゼロックス(株)・市川
Quality King Distributors, Inc. v. L'anza Research International, Inc.
―無許諾逆輸入の著作権に対するファーストセール・ドクトリンの適用について―
事件の概要 1.事実関係 2.論点 3.当事者の主張 4.各裁判所の判決 5.最高裁判所判決判旨
6. L'anzaの主張に対する最高裁の具体的判断 7.私見
原告(被上告人)L’anza社はヘアケア製品(ラベルに著作権あり)を米国で製造し、米国内では限定された地域において販売を行い、また外国市場への輸出も行っていた。 被告(上告人)Quality社はL’anza社の許可なく当該製品を米国へ逆輸入し割引価格にて転売した。それに対してL’anza社がQuality社を著作権侵害(無許諾輸入による頒布権侵害)で訴えた。
連邦地裁及び控訴裁判所はQuality社のファーストセールドクトリンの抗弁を退けL’anza社勝訴の判決を下したが、最高裁はファーストセールドクトリンは輸入された著作物にも適用があるとして控訴裁判所の判決を破棄し、真正品の逆輸入を適法とした。
判決日 | 1998年3月9日 |
裁判所 | 米国連邦最高裁判所 US Supreme Court, No. 96-1470 |
原告 (被上告人) | L'anza Research International, Inc. (カリフォルニア州法人) (以下L'anza社) |
被告 (上告人) | Quality King Distributors, Inc. (以下Quality社) |
関連法令 | 17 U.S.C.§106, §109(a), §501, §602(a) |
判決 | 控訴裁判所判決破棄 (被告(上告人)による著作権侵害を否定) |
米国著作権法 第109(a)条で認められるファーストセール・ドクトリンは、輸入された複製物にも適用されるか?
ファーストセール・ドクトリン:
米国著作権法に基づいて適法に作成された著作物の複製物の所有者または当該所有者から許諾を得た者は、著作権者の許諾を得ずに当該複製物の販売、処分ができる。つまり、著作権者が著作物を一回売ったら、当該著作物のその後の流通を制限する権利は消尽する、という法理。Bobb-Merrill事件(1908年)における最高裁の判断を109(a)条で明文化した。
L'anza社の主張:
「Quality社による無許諾の輸入は、ファーストセール・ドクトリンの適用がなく、複製権及び頒布権の侵害にあたる」
第106(3)条: | 著作権者に複製権または販売その他の所有権の移転・賃貸借・貸与による頒布権の排他的権利を認める。 |
第602(a)条: | 著作物の無許諾輸入は、106条に基づく複製権または頒布権の侵害となる。
602条は109(a)条(ファーストセールドクトリン)の制限を受けない。 |
第501条: | 「侵害者」を定義している501条の本文によると、106条違反と602条違反とは別個のものである。 |
Quality社の主張:
「ファーストセール・ドクトリンにより輸入は適法である」
第 109(a)条: | ファーストセール・ドクトリンの抗弁
106(3)の規定にかかわらず、米国著作権法に基づいて適法に作成された特定の複製物もしくはレコードの所有者またはその所有者から許諾を得た者は、著作権者の許諾を得ることなく、その複製物を販売し、その占有を処分することができる。 |
1) カリフォルニア中央地区連邦地裁: | L’anza勝訴の略式判決
Quality社の109条に基づくファーストセール・ドクトリンの抗弁を退け、著作物の複製物の輸入は違法とした。 |
2) 第9巡回区控訴裁判所: | 原審維持
109条がこの種の事件で抗弁になるならば、著作権者に無許可の著作物の輸入を禁じる権利を与える602条は無意味となる |
3) 最高裁判所: | 控訴裁判所判決破棄
ファーストセール・ドクトリンは輸入された著作物にも適用があり、逆輸入は適法。 |
ファーストセール・ドクトリンにより、米国著作権法に基づき適法に著作物を複製した物が、一度著作権者によって販売された後は、国内であろうと国外であろうと、購入者(つまりその複製物の所有者)は著作権者の許諾なしで販売することができる。この法理は、ファーストセールが国外で起きた場合でも国内と同様に適用される。本件においては、L'anzaが輸出したイギリスの卸売業者は、米国著作権法に基づいて「適法に」作成された著作物(L'anza製品ラベル)の複製物の「所有者」であり、その者から購入(輸入)したQuality社も「所有者」である。従って、ファーストセール・ドクトリンの適用により、L'anzaの排他的権利は既に消尽しており、Quality社による米国への(逆)輸入は適法である。
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602(a)条により、著作物の無許諾輸入は、106条に基づく複製権または頒布権の侵害となる。602(a)条は独立して機能し、109(a)条の制限を受けない。
602(a)条が109(a)条のファーストセール・ドクトリンによって制限されるなら、この条文およびその例外規定は不必要なものとなる。なぜなら海賊版複製物の輸入は602(b)条で規定されており、602(a)条が適法複製物の輸入についての規定でなければ、それらの輸入はほとんど常にファーストセールであるため適法となり存在する意味がないから。 |
2) 109(a)条は適法に作成された複製物の「所有者」にのみ適用されるため、受託者、ライセンシー、または不法占有者などの非所有者は、ファーストセールドクトリンにより保護されない。 3) 602(a)条は海賊版でも適法複製物でもないカテゴリーに適用される。このカテゴリーは外国の著作権法下で適法に作成された複製物を含む。 4) 602(a)条の例外についても、同条は109(a)条によるファーストセールドクトリンに服さない複製物(例えば私的使用のために本を一冊だけ旅行者が購入する場合)に適用される。 |
501(a)条は「侵害者」を「106条から118条までに規定する排他的権利の侵害者、106A条に規定する排他的権利の侵害者、602条の規定に違反する者」と分けて定義していることから、602条違反と106条違反は別個である。 |
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602(a)条の「輸入」行為は109(a)条が保護する「複製物の販売またはその他の処分をする」行為にあたらない。 | 「販売またはその他の処分をする」権利とは、外国にいる他の人に出荷する権利を含む。L’anzaおよび司法長官の「輸入行為は複製物の販売またはその他の処分ではない」という解釈は狭すぎ、109(a)条の広い適用範囲と矛盾する。ファーストセールドクトリンの要点は、著作権者が著作権を有する物を販売によって一旦商流に置いたなら、その著作権者はその頒布を制限する制定法上の排他的権利を使い尽くす、ということである。従って原審判決を破棄する。 |
適法な複製地 | 最初の頒布地 | 適用される条項(最高裁判断) | 転売・輸入の可否 |
米国 | 米国 | 109(a)条 | 転売 可 |
米国 | 外国 | 109(a)条 (今回の判決) | 輸入 可 |
外国 | 米国 | 602(a)条 | 輸入 不可 |
外国 | 外国 | 602(a)条 | 輸入 不可 |
本件については、ファーストセール・ドクトリンにより権利が消尽するという結論は問題がないと考える。
しかし、その理由付けについては若干不自然な印象を受ける。 本件では、輸入に対する著作権者の排他的権利とは絶対的なものではなく、著作権法の目的(創造性に報いることによって「有用な技術」の進歩を促進すること)と、その主な機能(オリジナルな著作物の保護)に照らし、それに見合う利益(輸入を禁止すべき利益)が無い場合にはアイデアのアクセスを単に妨げる結果となるため制限される、とする。 そして、著作物の内外価格差という著作権者の利益に対し、制定法上の保護を与えるべきかどうかは裁判所の義務ではない、とする。 しかし、本件に限って言えば、輸入に対する排他的権利を制限する理由として、上記のような法の目的と機能に照らすのは不自然な印象を受ける。 なぜならば本件における著作物であるラベルは創作性の少ない構成部分に過ぎず、その主な機能も生活消費財の販売促進であるため、アイデアへの自由なアクセスを保証するため輸入を認めるべきものとは考えにくいからである。 602条の一般的解釈としてはよいがこういった創造性の少ない著作物の場合においては、著作権者の利益と輸入の効用による一般消費者の利益(内外価格差の是正)を比較考量した結果、輸入を認めることによる経済的効用を重視することに意味がある、とした方が自然なように感じられる。
では例えば本件における製品ラベルよりは創造性の多いビデオゲームや映画のビデオカセットではどうか? 本判決によると、ファーストセール・ドクトリンは映画のビデオカセットやビデオゲームの逆輸入にも適用されて輸入は適法となると考えられる。しかし、ケースによっては、日本の「ビデオカセット101わんちゃん並行輸入事件」における判決においてなされたように、著作権者側と、輸入者側ひいてはその恩恵にあずかる一般消費者側の利害把握を具体的に行い、それらの比較考量の結果が法の目的に反しないかを考慮して決定すべきケースがあるのではないかと考えられる。